研修である

朝から新書の原稿。久しぶりに見ると気になることが出てくるので、昼過ぎまでいろいろ推敲。「う〜む、ここは推すがいいのか敲くとするのがいいか」なんてことを月が煌々と輝く城門の前で考えるのならいいのだけど……。
昼メシに出たら、今日の神田周辺は一時過ぎというのにどこも混んでいて、困った。結局「大はし」でそば定食。ここもじきに混んできてしまったのだった。

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午後も原稿。オイルショックはとバスがピンチになった話と、その後の新コースなど。
で、今夜はデジハリの研修にいかなくてはならない。今日は生徒なのである。高橋先生が「戦後マンガの歴史を教えに来て」というので、「歴史は無理だけど変遷を、実際に作品を読んでもらいながらならなんとか」と応えたら、秋から16回金曜日の夜だけ教えに行くことになった。デジハリなら歩いて10分もかからないから、18時〜19時半であればそれほど苦にならないはずだ。ところが、「その前に教員の研修を受けなさい」というのである。確かに、集中講義しかやったことがないから研修は必要だろう。ただ、研修のはじまりが19時40分というのだ。終わるのが21時40分。いやあ、学校の人たちは偉いもんだ。と、内心では文句たらたらなのであるが、派遣労働者としては逆らうわけにもいくまい。もっとも、研修が必要と知っていたら、その場で断っていたはずだが……。やれやれ。
で、研修の内容であるが、見るもの聴くもの初めてで、なかなか面白い。評価シートの書き込みをいかに授業に活かして学生とのコミュニケーションを図るかとか…。ロジカルな講義の進め方とか……。講義で使う素材に使えそうな番組はとにかく録画しておいて、それだけで1テラバイト。そこから、実際に使えそうなものを授業にふさわしい時間に切り出して、さらにそれを30回以上見ていかにして使うかを考え、学生にどういう答えを導き出させるかを吟味する……。新聞や雑誌で気になった記事はPDFにして保存整理しておく(これだけはやっている)とか……。大学教育と言うものはかくもシステマティックで大変なものであったのか、と驚いた。一方で、京都学園大や精華大であたしがやっておったのは何じゃったんかい、と思った。あたしのは講義ごっこにもなっていないね。じゃあ、この研修でできるようになるとのか、と言えば「NO」だよなあ。学長の杉山さんがおったことだし「辞めさせてもらいます」と言ったほうが良かったような気もするのであった。